【書評】その名を暴け(新潮社)/ 世界中の性差別を問い直し、#MeTooムーブメントに火をつけた調査報道の記録

現代を生きる全世代、特に男性は必読。自身のジェンダー観を問い直す1冊です。

今回はノンフィクション本「その名を暴け」(新潮社)の書評です。
2017年、ハリウッドの大物プロデューサー”ハーヴェイ・ワインスタイン”による女優や女性従業員に対する性的暴行を白日の下にさらした「ワインスタイン事件」。本書はこの事件を追った二人の女性記者によるルポタージュです。

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【書評】その名を暴け(新潮社)

書名 その名を暴け
著者 ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー / 古谷美登里 訳
出版社 新潮社
本体価格 2,150円+税
商品コード 978-4-10-507171-4

ピュリッツァー賞受賞! 「ハリウッドの絶対権力者」の大罪を暴いた調査報道の軌跡。標的は成功を夢見る女性たち――映画界で「神」とも呼ばれた有名プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインは、長年、女優や女性スタッフに権力を振りかざし、性的暴行を重ねてきた。自身の未来を人質にされ、秘密保持契約と巨額の示談金で口を封じられる被害者たち。沈黙の壁で閉ざされていた実態を、2人の女性記者が炙り出す!

-商品紹介ページより

本書のもととなった調査報道はジャーナリズム分野で最高の名誉とされるジョージ・ポルク賞や、ピュリッツァー賞公益部門を受賞しています。

#MeTooムーブメントに火をつけた「ワインスタイン事件」とは

本書を読むときに抑えておきたいのが上にあげた「ワインスタイン事件」です。これは、ハリウッドの大物プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン氏による女優や女性従業員に対して行ってきた性的暴行の事実を、ニューヨークタイムズが報じたものです。

この報道は同じような性的暴行を受けた女性たちが声を上げる、いわゆる#MeTooムーブメントを世界中に広げるきっかけにもなりました。

本書を読み始める前の注意点

ぜひ万人におすすめしたい本書ですが、特に女性が読む際は体調に注意して読み進めるようにしてください。わたしの妻は、本書を読んで過去の経験を思い出したそうです。

 

「当時はそうは感じなかったけど、あの時は性的嫌がらせを受けていたんだとこの本を読んで分かった」

 

また、「直接的な被害を受けていなくても、女性ならば同じような経験をしたことがあるはず」とのこと。上で紹介したように直接的な表現は抑えられた丁寧な文章ですが、場合によっては過去の経験がフラッシュバックする可能性もあります。

地道な調査報道の記録

本書はニューヨークタイムズの記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの2人がワインスタイン事件の調査報道をまとめた内容。

始めは大物プロシューサーのワインスタインが女性に性的な嫌がらせをしている、というぼんやりとした噂をもとに調査が始まります。しかし、ジョディとミーガンによる何か月もかけた地道な取材の末、ワインスタインによる性的暴行が事実である確固たる証拠を突き止めます。

また、ワインスタインの被害者とされる女性たちは、始めは様々な理由から口を閉ざしています。ですが、2人の誠実な姿勢によって少しずつ沈黙を破り始め、やがてはオンレコ(氏名を公表する)での証言に同意。ですが、タイムズによる報道の動きを知ったワインスタイン側は様々な手段によって妨害を試みます。

 

このようにスパイ小説さながらの本書ですが、非常に落ち着いた文章で書かれているのがポイントです。本書では何度も「公正さ」という言葉が出ますが、ただ事実を淡々と伝える表現は好印象です。

それでも、スパイを使って情報を集めたり、フェミニズムで有名な女性弁護士を味方に付ける、といった手段を用いてまで妨害工作をするワインスタイン陣営とニューヨークタイムズによる攻防は読んでいて思わず手に汗を握ります。

加害者を保護する社会構造

本書ではワインスタインが被害女性を黙らせてきた卑劣な方法についても解説されています。被害女性から見てワインスタインは映画プロデューサーや経営権を持つ権力者。そんな彼を訴えるとした場合には以下のようなリスクが想定できます。

・顔や氏名などを公表することになり、性的暴行を受けた事実を周囲の人含め大勢に知られてしまう
・自身のキャリアに悪影響が出る
・裁判をするには時間と費用が掛かる

例えば被害者が訴えを起こすとなると、顔や氏名などプライベートを世間に公表する必要があります。裁判費用と膨大な時間も掛かる。また、性的暴行の被害者は女優や従業員であり、ワインスタインを訴えることで自身のキャリアに影響が出ることは避けられません。そもそもワインスタイン側には一流の弁護団が付いており、訴訟に勝てるかどうかもわからない。

「訴え出るリスクを考えたら、賠償金を受け取って示談にする方が賢い判断だろう。ただし、口外しないことを前提に」

と、ワインスタイン側は被害女性に対しこう迫るわけです。

さらに、本来被害者の味方であるはずの弁護士も示談に応じるようすすめてきます。支払われた額に対して報酬が発生するため、訴訟して得られるよりも高い額の示談金を受け取った方が得、というドライな判断をするからです。

そもそも周囲の人にそうした性的暴行の被害にあったと知られたくない人が大半でしょう。ですので、被害者の選択肢は実質的に「泣き寝入りする」か「秘密保持契約を交わして示談金を受けるか」の2択になります。

本書を読むと、ワインスタインの被害者である女性が声を上げることがいかに困難であり勇気がいる行動だったか、原著の書名が「SHE SAID」(彼女は語った)である理由がよく理解できます。

フェミニズムを意識するきっかけに

「その名を暴け」はジェンダーやフェミニズムについての意識をアップデートするための一助となる1冊です。

ここでは私がそう感じた一節を本書から一部抜粋します。

 性的嫌がらせは違法行為であるにもかかわらず、ある種の職業ではごく当たり前におこなわれていた。たとえ抗議の声を上げても、解雇されたり侮辱されたりすることがよくあった。被害者の多くは身を隠さざるを得ず、支援されることもなかった。被害者の取るべき最善策は、沈黙を条件に賠償と言う名の口止め料をもらうことだった。
その一方で、加書者である男性の多くは、ますます出世し、称賛されることが多かった。嫌がらせをした当事者をした当事者が悪戯っ子のごとく受け入れられ、喝采されることもよくあった。

-p5「はじめに」より

この文章からは、日本の状況も思い起こします。性的暴行を受けた女性が声を上げるには、日本の状況はアメリカ以上に過酷かもしれません。声を上げた女性に対する誹謗中傷は目を覆いたくなる有様ですし、メディアでは加害者よりも被害者ばかりがクローズアップされているように感じます。

それこそミクロな視点から見れば、読んでいて(特に私含む男性は)今までの言動について振り返り、身につまされる思いをするかもしれません。

この読後感は清田隆之氏によるフェミニズムエッセイ「さよなら、俺たち」にも通じるものがありました。

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まとめ

ワインスタイン報道が何故これほどまでに世間に影響を与えたのか。ワインスタインによる性的暴行の卑劣さだけでなく、過去性的嫌がらせを受けてきた女性たちの「もう黙ってはいられない」という意識がそうさせたのだと思います。

本書「その名を暴け」は世の中のジェンダー観のパラダイムシフトを起こした報道の記録であり、自身のジェンダー、フェミニズム観を見つめなおすのに最適な本です。

翻訳書であり400ページを超える大作ですが、訳者の古谷美登里さんによる丁寧な翻訳で苦なく読み進められます。ぜひ、手に取ってみてくださいね。

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