これはまるで「遊園地のアトラクションの満漢全席」のような本です。
今回は圧倒的な筆力でとんでもない物語を読者に投げつけてくる小説家。そんな木下古栗の連作短編集「人間界の諸相」の書評をお伝えしていきます。
「人間界の諸相」(著:木下古栗)の商品概要
書名 | 人間界の諸相 |
著者 | 木下古栗 |
出版社 | 集英社 |
出版年月 | 2019年1月 |
価格 | 1,500円+税 |
ジャンル | 小説 |
商品コード | 978-4-08-771162-2 |
謎に満ちた女・菱野時江とは何者なのか――。
突如、連絡が取れなくなった時江の消息を追う二人の友人、渋崎咲子と古河内栗美は、携帯端末のSNSを頼りに彼女の居場所を突きとめた。
そこには「あの国は暮らすにはいいが、生きるのは窮屈すぎる」という一文が……。
著者の木下古栗氏は1981年、埼玉県生まれ。神奈川県在住。2006年「無限のしもべ」で第49回群像新人賞を受賞。著書に『ポジティヴシンキングの末裔』『いい女vsいい女』『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』(第5回ツイッター文学賞第1位)『グローバライズ』『生成不純文学』がある。独特の言語センスを持ち、異色の作風で知られる覆面作家。
-商品紹介・著者紹介(出版書誌データベースより)
端正な日本語で綴られるぶっ飛んだキャラクターたち
本書「人間界の諸相」は12の短編集からなる物語。タイトルにある「諸相=いろいろな姿や様子」のとおり様々な登場人物による群像劇的な小説です。
一応の主人公、菱野時江をめぐる物語のようにも思えるが、ストーリーラインはあってないようなもの。著者持ち前の端正な日本語で綴られるナンセンスで不条理な展開が本書の推しポイントです。
まず、一応の主人公である菱野時江をはじめ、各登場人物のキャラ設定がぶっ飛んでいるんです。以下にその一端を紹介します。
- 集英社社員の稲松叶夢は社内で全裸になって自社の受付嬢をナンパ
- 元大統領のバラクはビデ倫(気になる方は検索を…)に再就職して日本のアダルト業界改革に挑む
- カリスマ全裸公然わいせつナンパ師の早乙女アキラによるセミナー…etc
また、作中では各登場人物の背景には触れられていないのも特徴。さらに人物の掘り下げや心理描写も薄いため行動原理を理解することも難しい。怒涛の展開に読者はひたすらに振り回されます。
わたしの場合は、「え、何でその恰好で焼き鳥屋に行った?!」「今までのくだりは何だったの?!」と、心の中でひたすら突っ込みながら読み進めました。
繰り出される圧倒的なパワーワードの数々
木下古栗の小説の特徴の一つであるパワーワードの数々(印象的な単語・文章のこと)。それは本書「人間界の諸相」でも健在です。
以下に、本文から一部を引用していきます。
「剃りマンジャロ-かくも美麗なる恥丘-」
-「遠隔操作」より
本書以外で一生見ることがないであろう単語。
カリスマ全裸公然わいせつナンパ師の早乙女アキラ
-「DREAM ON」より
本書以外で一生お目に掛かることがないであろう肩書。
「うん。うちの社名は英知が集うって意味で集英社だけど、実際には小さくまとまった小利口なだけの人が多いんですよ、だから意識してはみ出していかないと人間として創造性が失なわれていっちゃうって」
-「幻の淑女」より
この本の発売元って集英社じゃなかったでしたっけ…?
上記は極々一部の例にすぎません。端正な文章なだけに急なパワーワードの出現に私たち読者は困惑し、ついつい笑ってしまいます。
また、なぜか事あるごとに某脳科学者へのディスが入るのも古栗作品のお約束。それは本書「人間界の諸相」でも変わりません。
本や雑誌をめくっているのは斜め前のたった一人 それも怪しげな脳科学者による 安手の自己啓発本のようだ。
-「活字市場」より
そういえば、あの人も結構な頻度でビジネス書を刊行していますよね。
「~さん、脳科学者、主な著作に「脱税脳と納税脳」「多忙な脳はミスをする」など」
-「毛のない猿の蛮行」より
ちなみに、この短編で登場する菱野時江の愛犬の名はモギー。
※誰を指しているかわからない場合は「脳科学者 脱税」でGoogleに聞いてみてください。
目次
まとめ
ということで、木下古栗の「人間界の諸相」に関する書評でした。
もしかしたら、話の筋や整合性を重んじる人や、下ネタ(そこまで酷くはないですが)がNGな人は読了するのが難しい本かもしれません。
ただし、圧倒的な筆力で読者に叩きつけられるナンセンス。読者が想像する遥か上空へぶっ飛んでいく話の展開。突然急降下急上昇したり一回転するようなジェットコースターのような感覚が楽しめる本書は、まさにエンタメ風小説(本書の帯原文ママ)として最高の出来です。
読後の「ああ、無為な時間を過ごした」という感覚は不思議とクセになります。
気になったらぜひ一読をオススメしたい1冊。新しい読書体験にあなたもハマってしまうかもしれません。でも、後悔しても怒らないでくださいね。
【書評】「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」(著:木下古栗)/美しい日本語で綴られる…何だこの話…(ネタバレ無し)
こちらの本も古栗ビギナーにはオススメの1冊です。
参考
人間界の諸相出版書誌データベース
・商品情報の参照元です
参考
木下古栗さんインタビューBOOK SHORTS
・木下古栗のインタビュー記事。小説家となったルーツや古栗氏の人となりの一端を知ることができます。
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