これは「掃除の時に見つけた昔の雑誌を読みふける」ように時間を無為に過ごすことができる本。
「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」
今回はそんな一生に一度は言ってみたい声に出して読みたい日本語。そんな言葉をタイトルにした小説をレビューします。
【書評】「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」
書名 | 金を払うから素手で殴らせてくれないか? |
著者 | 木下古栗 |
出版社 | 講談社 |
出版年月 | 2014年3月 |
価格 | 1,500円+税 |
ジャンル | 小説 |
商品コード | 978-4-06-218819-7 |
著者の木下古栗は2006年『群像』2006年6月号収録の『無限のしもべ』が第49回群像新人文学賞を受賞しデビュー。2009年、大量の書き下ろし短編を含んだ初の単行本『ポジティヴシンキングの末裔』を刊行。2010年、『いい女vs.いい女』が絲山賞に選ばれています。
本書のあらすじと推しポイント
本書は表題作を含む3本の短編で構成されています。
標題の「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」は、会社員の米原正和が失踪した米原正和(同一人物)を探して後輩の鈴木と各地を旅するストーリー。
「おい鈴木、米原正和を捜しに行くぞ」とその米原正和が言った。「あの野郎、どうもまた失踪したらしい。しかも今度は進行中の案件をほったらかしにして」「えっ、そうなんですか」
-「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」冒頭より
「IT業界心の闇」は主人公であるOLの”私”がIT業界の食事会に参加する話。
そして、日本の田舎町にやってきた外国人ハワードを中心とした群像劇「Tシャツ」、後半になるにつれ文章がドライブ(加速)していく感覚がクセになります。
まず、どの短編にも共通するのが物語の展開が全く読めないこと。読み始めの「あぁ、こんな展開の話かな」なんて想像は簡単に打ち砕かれます。
たった1文で全く違う展開に移行したり、まじめな展開なのに急に噴き出してしまうようなユーモアラスな表現もあり、そして物語の唐突な終わり方。
初見ではきっと、「いま私はいったい何を読んでいるんだろう…?」と困惑し、でも先が気になる。という不思議な読書体験ができるでしょう。
筆力が凄い!著者の木下古栗について
閑話休題、ここで少し本書の著者である木下古栗氏の説明をさせてください。
木下古栗はWikipediaで以下のような説明がされています。
ナンセンスな下ネタやシュールな展開、独特の言語センスからエロ・バイオレンス・パロディを多用する異色の作風が特徴。
これはこれで正しいのですが、私は最も重要な点が抜けていると感じています。それは大前提として、木下古栗の表現する日本語が端正で美しいということ。
この本もそうですが、文章を読んでいると自然に登場人物や風景描写が頭の中に浮かんできます。それでいてリズム感も良い。
簡単に言うと文章を読ませる筆力がもの凄いのです。
たとえば本書の3つの短編でもそれぞれ異なった文章表現をしています。1編目の「IT業界心の闇」では内容の多くが地の文※で構成。それに対し2編目の「Tシャツ」は逆にほとんどが会話調で物語が進んでいきます(これは間違いなく意図してやっているはず)。
そして、筆力があるからこそシュールな展開であっても、物語として成立させてしまえる。
つまり、ものすごい筆力を持っていながら、それをいい意味で無駄遣いしているのが「木下古栗」という小説家なのです。
※地の文・・・会話文以外の文章のこと
まとめ
ということで今回は木下古栗の短編集「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」をレビューしました。
シュールな展開、独独の文章表現、そして唐突な終わり方。読み終わったあとの「無駄な時間を過ごしたな…」という感覚は不思議と最高です。
本書は露骨な下ネタ表現は控え目なので、初めて木下古栗を読む人にも最適の1冊です。
内容が決してタイトル負けしていない「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」、気になった人はぜひ手に取ってみてくださいね。
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参考
木下古栗さんインタビューBOOK SHORTS
・木下古栗のインタビュー記事。自身のルーツの一つにフランツ・カフカをあげるなど、木下古栗フリーク必読のインタビューです。